【検証】離婚を子供はどう思うか・・

    よつば(@428yotsuba_life)です。

    私は1度目の離婚を、長男が小学校3年生(9歳)、長女が保育園年少(3歳)で決意しています。

    働きながら生活の面も含めてどう離婚に踏み切ったか、現在になって子供が当初どう感じていたかなどもまとめてみます。

    よつば

    離婚は結婚よりも凄い労力
    でも一緒にいる事が辛いなら…

    目次

    世間体を気にする

    私の父母は離婚をしていました。とは言え、母はずっと専業主婦でしたので、経済的な自立は到底無理だったためか、1階の部屋は父の部屋、2階は母と子供の部屋となっていて、食事も洗濯も別々に過ごしていたのを覚えています。

    ただ、顔見れば喧嘩ばかりで、それを見るのが本当に苦痛で、私は高校卒業を機に直ぐに家を出ています。実際私自身離婚届を出していたのも知らせれず、父が亡くなる時に知りました。

    そんな父母を見ているので、私の中で「子供の前では喧嘩をしない」はルールになっていて、それが反って、ストレスになっていることもありました。

    今思えば父母は世間体をずっと気にして、表向きは仮面夫婦で生涯を遂げています。私にはその仮面夫婦がどうにも耐えられなく、離婚を考えるようになっていました。

    離婚の理由

    離婚に至るまでの理由は下記になります。

    ①お金の価値観

    私自身は18歳から自立していたのもあり、節約が大好き。反する夫は、お金がなくなったら親から貰えば良いという感覚が抜けず、車も次から次に購入したり、浪費癖が抜けないタイプ。価値観の違いがどんどん溝を深めていきました。

    ②親になれない

    子供と遊んではくれます。ただ、お友達でしかなかったんです。面倒になると丸投げ、とにかく自分が一番に構って欲しいタイプで、自分が大好きで子供を一番に考える事が出来ず、欲しいものも自分の物だけ買って、子供のは一切買いませんでした。

    ③将来2人になったら不安

    実母が脳幹出血で倒れた際、病院まで連れて行ってくれたのは実弟でした。夫は関与をせず、自分の事を心配し、ちっとも母の事を心配しなかった事が、将来私が倒れた時この人は助けてくれないと感じ、別れることを考え始めていました。

    細かい理由はまだまだありますし、相手もきっと思っていることは沢山あったと思います。子供もいるので生活の不安はありましたが、上記の理由で離婚をする意思は固まっていました。

    生活費を考える

    離婚がOKだった際、浪費家の夫に養育費を払える能力がない事が分かっていました。

    私自身が子供を養っていける位のお給料が頂けるところに転職も考えていました。当時働いていた職場は、自宅から近くて楽だったのですが、あと2~3万はないと生活出来ないかもと思い、ちょくちょく求人を見ていたのと、会社に正直に話したところ、社長の奥さんが同情してくれお給料が一気に上がり、1人でも子供を育てられる位のお給料を頂ける事になり、離婚の話しを進める後押しにもなりました。

    あっさりと承諾

    母の事も施設が決まって落ち着いてきた事もあり、自分の体の事、仕事の事もなんとか出来そうと思い、夫に離婚を切り出しました。

    すると、実家も近い夫は、自分の身の回りの荷物だけ持ってあっさりと実家へ帰ってしまったのです。正直もっときちんと大人として話し合えれば違っていたかも知れませんが、忘れもしません、会社の年末年始の休みが始まる12月28日に夫が実家に帰り、夫が大好きな義母はどう話を聞いたのか分からないですがあっさりと受け入れてしまいました。

    9歳と3歳の子供に説明

    結婚してから1度たりもと外泊をしたことがない夫でしたので、当初9歳の長男は「お父さんどこに行ったの?」と直ぐに聞いてきました。私も悪かったのですが、子供の前で喧嘩をしたことがない&子供と子供で遊んでいる感覚の長男にとっては「良いお父さん」だったんです。

    大泣きをして、納得いってないことが伝わってきました。長女はまだ理解が出来ていなかったので、スムーズでしたが、長男は暫く私との距離も出来て、お父さんを私が追い出したと当初は思っていたと思います。

    慰謝料と養育費

    スムーズに出て行ってしまった夫に、今後の事について話したいと時間を作ってもらい、ファミレスで仕事を休んで会いました。

    離婚届もその際に書いて貰っています。義母が付いてくるかと思いましたが一人で来ました。

    特に意見はないようで、荷物は自分の身の回りの物だけで要らない。養育費は払えないという回答でした。

    正直想定内でしたので、現在払っている住宅ローンの一部(400万)だけそのまま払って貰うことで合意し、何故か子供と定期的に会いたいとかいう言葉も一切出てこないで終わり…結婚生活10年..もう少し思いとどまる位の話しが出ても良いのでは?とも思っていましたが、そういう人だから離婚を考えたんだと思います。

    私の母子家庭生活はスタートしました。

    体重激減

    こんなにあっさりと離婚したのに、体重が5キロ減りました。

    食べれなかったのもあるかと思いますが、精神的な事が大きかったんだと思います。

    結婚より離婚は本当に精神的に大変だなと思いました。

    子供たちの生活環境について

    我が家は一戸建てだったのもあり、子供の生活環境は私自身が絶対変えたくなかったので、離婚しても子供の姓はそのままで通していました。

    子供とも話し合い、学校は転校したくない、名前はそのままが良いという事でしたので、環境は変えないという約束で長男には納得してもらいました。

    元々ほぼワンオペ育児だったので、見た目には離婚していることは知らなかった方も多かったと思います。

    子供の為と思って行った手続き

    ①親の離婚を理由に転校はしない

    生活環境を変えないように、離婚の際は家は自分が貰うことは決めていました。万が一売却となったら、また違った方向になったかもしれませんが、当初共有名義になっていたため、借り換えをして夫に返して欲しい分だけ銀行から借りなおして、自分の分と完全に分けました。

    ただ、こんなに簡単に行く事は滅多にないと思うので、あらかじめ売却すると幾らになるのかも、査定しておくことをお勧めします。

    ②苗字を変えない

    子供の事を考えて私も含めて夫の苗字で生活していくことにしました。

    離婚届を出しただけでは子供の戸籍は夫に残ります。私自身は新たな戸籍を作り、夫の苗字のままで「子の氏の変更許可の申立て」を家庭裁判所に提出。

    そうする事によって妻の戸籍に、元夫の苗字を継承して移ることが出来ます。

    ③お金の苦労をさせない

    母親一人だからと、習い事や必要としているものを我慢させないようにしていました。

    子供にとってのお父さん

    私からしたら、正直「父親」としての役割を一つも果たしていない夫の事を「お父さん」と思っていることも辛かったです。

    当時の私からそれが滲み出ていたから、特に長男は当時はその事にまったく触れませんでした。ただ、遊び相手であって楽しい時間だけを過ごしていたので、長男にとってのお父さん像は彼だったのかも知れません。

    私がこの後再婚するまでの間は、帰って来ない親父くらいな感覚だったのかな?と思います。血縁関係は繋がっていますが、会いたいという意思表示もなかったため、この後3年は一度も会うことはありませんでした。

    のちに会うきっかけがあったので、別の記事でお話しします。

    まとめ

    離婚て本当に大変です。でもストレスがかかっている毎日は更に病気の引き金になるし、そんな事を考えていることも体に負担をかけます。

    もし周りに相談できる方いたら、相談してみるのも良いかと思いますし、身内で話し合いも一つの手だと思います。

    我が家は誰にも相談せずに出した結果でしたが、離婚したことに現在も後悔はしていません。

    ただ、現在25歳の長男が、自分にとって今でも父親は当初の父親って、話してくれたことがあり、子供にきちんと説明していれば良かったなと思っています。

    長男は現在彼女と同棲しているので、自分の父親が浪費化で私が大変だったのはようやく分かったようで、LINEでお金や自分の我儘を全部受け止めてくれて有難うって連絡くれたり、こんな家庭環境でしたが良い子に育っています。

    私の経験が、少しでもお役に立てたら嬉しいです。

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